はじめに
茨城県土浦市は人口約14万人(住民基本台帳、令和6年時点)の県南部に位置する市です。三次救急医療施設である土浦協同病院を抱えており、24時間365日体制で重篤患者の受け入れを行う県南地域の医療拠点となっています。
一方で、救急医療の現場では軽症・中等症患者の集中が続いており、重篤患者への対応能力を維持するうえでの課題が顕在化しています。この課題は土浦市固有の問題ではなく、全国の都市部・地方都市で共通して報告されている構造的な問題です。
土浦協同病院の時間外選定療養費
土浦協同病院(茨城県指定の救命救急センター、三次救急医療施設)は、令和2年10月より「時間外選定療養費」を導入しています1。
同病院は、導入の理由について公式サイト上で次のように説明しています。
「夜間・休日に緊急性を認めない患者が多く、重症患者への対応に支障が出ているため」
(出典:土浦協同病院「救急受診を希望される方へ」より要旨)
この措置は、救急機能を本来必要としている重篤患者の治療を守るための正当な判断です。時間外選定療養費とは、「かかりつけ医等への受診機会があるにもかかわらず、救急外来を受診した場合に患者負担として徴収できる」制度であり、適切な受診先への誘導を促す仕組みです。
この状況は、単一病院の問題ではなく、地域医療全体の受診導線の設計が問われていることを示しています。夜間・休日に市民が受診判断の拠り所とできる仕組みが不十分であることが、結果として救命救急センターへの軽症患者の集中を招いていると見ることができます。
茨城県・土浦市で利用できる受診判断の仕組み
茨城県では、市民の受診判断を支援する複数の公的窓口が整備されています。
#7119(茨城おとな救急電話相談)
24時間365日対応で、概ね15歳以上を対象としています。電話番号は #7119(ダイヤル回線・IP電話・ひかり電話からは 050-5445-2856)です2。なお、2026年4月1日よりひかり電話からも#7119への短縮番号接続が可能になりました(#8000はひかり電話からは引き続き未対応のため、050番号での案内が続きます)。
相談員・看護師が症状を聞き取り、受診の必要性や適切な受診先を案内します。
#8000(茨城子ども救急電話相談)
24時間365日対応で、満15歳未満の子どもの保護者を対象としています。電話番号は #8000(ダイヤル回線・IP電話からは 050-5445-2856)です2。
Q助(きゅーすけ)
総務省消防庁が提供する全国版救急受診ガイドアプリです3。症状を入力すると、受診の緊急度の目安と推奨される行動が表示されます。土浦市公式サイトでも市民向けに案内されています。
茨城県医療情報システム
茨城県が提供する医療機関検索システムで、夜間・休日の診療対応医療機関を検索できます。
仕組みがあるのに課題が残る理由
#7119・#8000・Q助といった仕組みが整備されているにもかかわらず、軽症患者の救命救急センター集中という課題が続いている理由として、以下の点が考えられます。
- 電話相談の認知と利用の障壁 — 繋がりにくい時間帯がある、深夜に子どもが寝ている状況で大きな声で話しにくい、電話相談に心理的ハードルを感じるなど、電話手段が全員に適しているわけではありません。
- アプリの認知度の限界 — Q助のような有用なアプリの存在は、必要な人すべてに届いているとは言えません。
- 「症状検索」から「適切な行動選択」への導線の不在 — 不調を感じた市民は検索エンジンで症状を調べることが多いですが、そこから「#7119に電話する」「今日は様子を見る」「オンライン診療を使う」「救急車を呼ぶ」といった具体的な行動選択への導線は整っていません。
- 受診前行動データの非可視性 — 「何を調べ、何で迷っているか」というデータが収集されていないため、行政・医療機関が市民の困りごとを把握し、広報・医療資源配置を最適化する材料が乏しい状況が続いています。
結果として、本来は#7119や#8000で対応可能な相談が、直接救命救急センターへの受診として流れてしまう構造が生じていると考えられます。
「受診前需要の可視化」が地域医療にもたらす可能性
受診前需要データが整備・共有されることで、以下のような可能性が示唆されます。
- 地域ごとの広報・情報発信の最適化 — どの地域で、どの時間帯に、どのような症状の迷いが発生しているかが把握できれば、行政・医師会が行う普及啓発キャンペーンや情報発信の内容・対象エリアを精緻化できる可能性があります。
- 医療資源配置の根拠データ — 需要密度が高いにもかかわらず近接する医療機関が少ない「医療空白地帯」を特定し、政策立案の根拠となるデータを提供できる可能性があります。
- 関係機関の共通データ基盤 — 行政・医師会・医療機関・救急が同じデータを参照して連携判断を行う共通基盤として機能する可能性があります。
ただし、これらはデータ蓄積と検証が進んだ段階での可能性であり、現時点で確定的な効果を主張するものではありません。実証実験を通じた検証が必要です。
受診前需要の概念と可視化の方法論については、受診前需要とはで詳しく解説しています。
安心マップの土浦市での取り組み
安心マップは、茨城県土浦市での実証実験を準備しています。市民向けサービス(www.anshinmap.co.jp)を通じた受診前行動データの収集・分析を起点に、以下の取り組みを進めています。
- 土浦医師会への取り組みの説明と協力依頼(進行中)
- 土浦市との実証実験に向けた調整(準備中)
- 病院・クリニックへの周知協力の検討
- 大学研究者との受診前需要データの学術的分析に関する共同研究(協議中)
実証の範囲と規模は段階的に拡大することを想定しており、得られたデータは行政・医師会・医療機関と共有可能な形での提供を目指しています。
出典一覧
参考・引用
- 土浦協同病院「救急受診を希望される方へ」 — https://www.tkgh.jp/guidance/feature/medical-emergency-center/(時間外選定療養費の導入と理由について記載)
- 茨城県「急な病気やケガで救急車を呼ぶか迷ったときは」 — 茨城県公式(#7119・#8000の案内ページ)
- 総務省消防庁「Q助(全国版救急受診ガイド)」 — 総務省消防庁
- #7119の全国実施状況(令和7年7月時点で41地域)— 総務省消防庁「救急安心センター事業(#7119)について」